【ハトアリ】あなたは知らないから

※ペータールート各種ネタバレを含みます

※真相エンドのネタバレを含みます

※貴方の地雷を踏みます

※ペタアリ←ユリウス っぽいです


大丈夫な方はどうぞ

 日曜日の昼下がり。
 それは彼女にとって、特別な時間だった。彼女にとって、とてもとても「特別な時間だった」のだ。
 いや、今もそうかもしれない。そうであってほしいと思いながらも、そうあって欲しくないと、ハートの国の宰相――ペーター・ホワイトは思う。
 気まぐれに垣間見た違う世界。
 そこで白ウサギは、後悔と罪悪感に囚われた彼女に出会った。
 ああ、可哀想な人。なんて、可哀想な人。
 初恋の人は姉に恋をし、父親は彼女に興味を示さず、妹は彼女を責めた。
 そして、彼女の姉は――…………。
 可哀想な人、最初はただそれだけだったのに。それだけのことだったはずなのに、白ウサギはふとした瞬間に、彼女に落ちてしまった。
 彼女は彼を変えた。
 そして彼は、自分を忘れてくれても構わないと思った。
 たとえ、彼女が自分を忘れてしまっても、彼女が今の悲しみから開放されるなら、それで構わないと思った。
 自分を忘れることで、彼女が幸せになれるなら。
 誰からも愛されない、哀れで、可哀想なアリス。でも僕だけは、ずっと君を憶えています。僕だけは、いつまでも君を愛しています。だって、君は僕を愛してくれたから、初めてあんなに僕を大切に想ってくれた人だから。
 だから、僕は――。

 ***

「ねぇ、アリス……どうしてそんなに、不機嫌そうなんです?」
 ハートの城の庭でお茶を飲んでいたアリス=リデルに、ペーターは遠慮がちに尋ねた。
 今の時間帯は昼、庭で紅茶を飲むのにぴったりだからとペーターがアリスを誘い出した。
 そこまでは良かったのだが、なんだか今日はアリスの機嫌が良くない。彼女はどこかふてくされているように見える。
「……そう見えるなら、貴方の目は珍しく正常ね」
 ペーターの問いを、アリスは遠回し肯定した。
「ああ、何かあったんですか? 相手は誰ですか? メイドですか、エース君ですか、陛下ですか? とにかく、貴女を苦しめるような人は僕が今すぐにでも排……」
「みんなよくしてくれているわ」
 ペーターの言葉をアリスは遮り、はあ、と彼女は続けてため息をついた。その様子を見て、ペーターはますます困ってしまう。
「じゃあ、どうしてですか? この城に何もないのなら、そんなに不機嫌にならないでくださいよ。不機嫌な貴女も好きですけれど、笑っている貴女のほうが好きですよ」
 ペーターがにっこり笑ってそう言う。これはもちろん本心だ。笑っているアリスを見ている方が嬉しい。彼女が笑っていれば、自分も嬉しい。
「そうね、私も笑っている方が好きだわ。当然じゃない」
「そう、です、よね……」
 アリスはどうしてこんなに不機嫌なのだろう。言葉にいちいちトゲがあるように感じる。
 不機嫌というよりも、とペーターは思い至る。
「何かに、怒っているんですか?」
「……そうね」
 やっと少しだけ、アリスの本心を聞けた気がした。
 彼女は何かに怒っている。怒っているらしいが、何に対してだろう。
 ペーターはうんうんと唸ってみるが、よくわからない。
 彼女の怒りを逆撫でしてしまうかもしれないが、原因が分からないのであれば対処しようがない。
 そこで、ペーターは恐る恐る尋ねた。
「ねぇ、アリス。意地悪しないで、教えてくださいよ。一体、何に対して怒っているんです?」
 ペーターはアリスの答えをじっと待つ。固唾を呑んで、彼女の顔色を覗うと、彼女は話す気になったらしい。
「貴方が何も、分かっていないからよ」
「え?」
 予想していなかったアリスの答えに、ペーターは驚かされた。
 彼女は紅茶を飲み干した。そして、彼がおかわりを注ごうとした手を止めた。
「ねえ、ペーター。私がどうしてこの世界に残ったと思う?」
「どうしてって……何かこの世界に執着するものが出来たからでしょう? 好きなものとか、人とか……まあ、とにかく、そんなもの何でもいいです。貴女がここに残ってくれたんですから」
 いつもの調子で返したのだが、アリスの雰囲気が変わる。
 明らかに、先ほどよりも怒っている。
「そうね……『そんなもの』ね。『そんなもの』のために、私はここに残ったのよ」
 アリスが静かに、低い声でそう言ったので、ペーターはしまったと青ざめた。
「ご、ごめんなさい、アリス。貴女の大切なものを『そんなもの』呼ばわりしてしまって、気に触ったんですね。でも、僕にとって大切なのは貴女で」
「お茶、また誘ってくれると嬉しいわ」
 必死に言い繕ったのだが、アリスはそう言い残して席を立ってしまった。
 その場に一人残されたペーターは、がくりと肩を落とした。


「ペーターって、本当に馬鹿だわ」
 アリスが、ぼそりと呟く。
 ペーターに言うだけ言って、理由も告げず席を立つと、アリスは領土外へ出かけた。

 ここは時計塔、どことも争わない中立地帯だ。
「……そんなこと、今に始まったことではないだろう。あの白ウサギは、馬鹿というより、救いようのない大馬鹿者だ。狂っている」
 聞いていないと思っていたが、アリスの呟きを聞いていたらしい。時計塔の主、ユリウス=モンレーが低い声で言った。
「そうね、そうかも」
 アリスもふてくされて、そんな答えを返した。
 わかってないのよペーターってば、と心の中でペーターを毒づく。
 アリスがこの世界に残ったのは、ペーターが好きだからだ。ペーターに恋をしてしまったから、この世界に残った。
 しかし、ペーターはそのことを全くわかっていない。愛してるだの好きだの言うくせに、肝心なアリスの気持ちは知らないと来た。
 ペーターはアリスが好きな人物は他にいると思っているらしい。
 どうしたら、彼女の気持ちに気がつくのだろうか。
「はあ、私も馬鹿みたい。ううん、馬鹿なんだわ」
 アリスがそうつぶやいて、ベッドにごろりと転がると、タイミングよく時間帯が夜に変わった。
「ユリウス、今夜はここに泊めてくれない?」
「はっ!?」
 そんなに驚かなくても、そう思うほどにユリウスは声を上げた。
「ふざけているのか、ここは託児所じゃないんだ。恋人の痴話喧嘩に付き合ってやる義理はないぞ。私は忙しいんだ」
 託児所、アリスを子ども扱いしているひどい言い様だ。しかし、それもなんだか彼らしくて、噴き出してしまいそうになる。
 だが、アリスはある言葉にすっと引きつけられた。
「『恋人の痴話喧嘩』……私とペーターが? ……ユリウスには、そう聞こえる?」
「そう、聞こえる……が」
 なぜかユリウスの答えには間があった。何かを認めたくないような言い方だ。
 それでも、ユリウスは肯定した。そう気がついて、アリスは笑い出した。
「そう、そうなの。ははっ……『恋人の痴話喧嘩』に聞こえるのね」
「だからなんだ、何度も繰り返すな。仕事の邪魔だ」
 面倒くさそうに、ユリウスはそう言った。その言葉はとても職人気質の彼らしい。アリスはひと通り笑ったあと、ユリウスに別れを告げた。
「ごめんなさい、ユリウス。さっきのはナシ。やっぱり私、城に帰るわ」
「ああ、ぜひともそうしてくれ。私もそのほうが助かる」
 さらりとそう言われたのが悔しくて、アリスはユリウスをからかう。
「本当に帰るわよ? いいの?」
「最初から帰れと言っているだろう。早くしろ」
 ユリウスは早口にそう言った。
 あまりからかっても可哀想なので、アリスはおとなしく時計塔を後にした。

 ***

 時計塔を出てすぐの広場で、アリスはの人物に再会した。
 ペーターだ、向こうから急いで走ってくる。すぐ近くまで来て、ペーターはアリスの腰のあたりに抱きついた。
 いつぞやの、メイドたちと洗濯をしていたときのことを思い出した。
「ああ、アリス! どこに行っていたんです? 城を探してもいないので、心配したんですよ。もう帰ってこないんじゃないのかって!」
 彼の汗だくな様子を見てすぐにわかる。彼の言葉に偽りはなく、本当に心配して城内を駆けまわったのだろう。アリスを探して。
「ペーター、ごめんなさい。一緒に帰りましょう」
 アリスの答えが予想外だったのか、ペーターはきょとんとした顔をした。
「もう、怒っていないんですか? てっきり、まだ怒っているんだと……」
「怒っているわよ。でももういいの、気にならなくなったから」
 アリスがそう答えて歩き出そうとすると、ペーターはアリスから離れて、彼女の隣に立った。
「そ、そうですか」
 状況を飲み込めないらしい白ウサギは、不思議そうな顔をしていたが、またいつもの調子に戻って歩き始めた。

「良かった。貴女がどこにも行っていなくて」
 ペーターのつぶやきはアリスに届くことなく、闇夜に消えていった。

【Fin.】

Atorium

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