それは、ほのかな③
ゴヨウさんとアザレアのお話です
ミクリ様も出てきて修羅場!?になります
何が出てきてもだいじょうぶな方向け
ゴヨウさんと知り合ったのは、サンダースを助けてもらったことがきっかけだった。その後数ヶ月とは言わないが、少しの間ゴヨウさんの選書を手伝い、お礼にとバトルの稽古をつけてもらっていた。そのため、その時期はゴヨウさんと一緒にいる時間が多くあり、とても親しくさせてもらったことは言うまでもない。
シンオウリーグに挑戦し、一度ホウエンに戻ってからもゴヨウさんとは連絡先を交換し、手紙やメールで時折近況報告をしていた。
ゴヨウさんと過ごした時期の中で私が最初に思い出すのは、ロトム図鑑をもらった時のことだ。
ちょうどゴヨウさんと一緒にいた頃、アローラでロトム図鑑が発表された。ニュースを見た私はその場で過呼吸になったので、ポケモンたちが何事かと駆け寄ってきたし、色違いだけどゴヨウさんに見せる分には大丈夫だろうと連れ歩いていたトワは心配そうにふよふよ漂っていたし、ゴヨウさんがすごい顔で駆け寄ってきて心配してくれた……そんな黒歴史の一幕である。忘れたい。それから数日、気がついたら私は「ロトム図鑑……」と呟いていらしい。ゴヨウさんによれば器用に本を読みながら、歩きながら、食事をしながら合間合間にため息と共に思いを吐き出していたそうだ。怖い話なのだが、その実そんなことを呟いていた記憶が全くない。無意識って怖い。流石に、ゴヨウさんの精神状況によろしくなかったと言うべきか、優しいゴヨウさんは私のためにと四天王の伝手を使い、当時入手困難だったロトム図鑑を手に入れてくれた。
ゴヨウさんと次に直接会ったのは、師匠のPWTポケモンワールドチャンピオンシップについてイッシュ地方に行った時のことだ。
師匠は他にも仕事があったらしく別行動ということになり、私はその間イッシュ地方のでんきタイプを捕まえることに精を出し、翌日はトレインに通った。そこでクダリさんとはうっかりシビルドン仲間として親しくなった。
トレインでなかなか連勝記録を伸ばすことができなかったことと、ここ数日ポケモンたちを働き詰めにさせてしまっていたことから、新しい仲間たちと仲良くなるためにも、私はライモンシティのカフェで休憩をとっていた。PWTの期間で世界各地から観光客が多いとはいえ、やはり他地方のポケモンは目立つらしく、一時間ごとにカフェを移動しながらポケモンたちのケアをしていた。
「おや、アザレアさんではありませんか?」
「……ゴヨウさん!? お久しぶりです!」
「ええ、本当に久しぶりです。お美しくなられましたね」
社交辞令も忘れない。さすが紳士的なゴヨウさんである。
あれっ、四天王ってPWT出ないよね? と思っていたが、なんでも、シロナさんというチャンピオン不在のため、PWTの期間はリーグでは仕事がないらしいのだが、シロナさん一人で困るようなことがあってはいけないと補佐としてついてきたらしい。なるほど、ホウエンチャンピオンの補佐が私アザレアになっているように、シロナさんの補佐はゴヨウさんが務めているのだろう。うわ、私やはり場違い……。
「補佐と言っても、シロナは十分な大人なので……と言って追い出されてしまったんですよ」
「私も、師匠がせっかくだから観光しておいでって」
追い出されたもの同士だったらしい。クスクスと静かに笑った。
腰につけていたボールがころん、と揺れたことで、ああと思い出した。
「ゴヨウさん、今日はこの子もいるんですよ」
「サーン!!」
偶然連れてきていたサンダースをボールから出すと、サンダースは迷わずゴヨウさんの足にすり寄った。ゴヨウさんも抱き上げて、優しい手つきで撫でてくれた。ゴヨウさんに撫でられることがとても嬉しいのだろう、サンダースは目を細めてうっとりとしていた。
「そうだ、折角ですしよろしければこのまま一緒にお茶でも」
「はい、ぜひ!!」
一人でポケモンの世話をしながらメニューの飲み比べをするのも飽きていたのだ。ちょうど良いと私はゴヨウさんと向き合って談笑を始めた。
話は近況報告から始まり、最初の頃は師匠に勝てなかったが、最近は師匠にも勝てるようになってきたこと。バトルを色々思案している話、ポケモンたちの様子、今までの旅のこと……話し始めれば本当にキリがない。楽しく話しているうちにすっかり夕方になっていたようだ。陽が沈もうとしていた。
「ああ、もうこんな時間に……あんまり楽しいので、時間を忘れてつい話し込んでしまいました。すみません」
カフェもそろそろ混み合ってくる時間だろう、と席を立った。
「あっいえ、とんでもないです。私ばっかり一方的に喋っていましたし」
でも、話し足りない。そう思っていたのはゴヨウさんもだったのだろう。ゴヨウさんがお勧めだと言っている本も気になるし、このまま別れるのは名残惜しくてたまらない。
「……もしよろしければ、ですが。ディナーも一緒にいかがですか?」
「あっそれは……」
「アザレア」
後ろから声をかけられた、誰だろうと思ったら師匠だ。師匠、と声をかける前に後ろにぎゅうっと抱き寄せられていた。強引だな……ということはおそらくは、気が付けということだったのだろう。師匠は私が気が付かないと抱きしめてからかう人なのだ。私は簡単に師匠の硬い両腕の中に閉じ込められてしまう。
「あっ師匠、お帰りなさい。もしかしてちょっと前から声を……」
「かけたけど気が付いてくれなかったから、強硬手段に出たよ」
「うわあ、すみません。お喋りに夢中になってました」
素直に謝るが、抱きしめられている体勢の関係上、ぐっと見上げないと師匠の顔が見えない。しかし、見上げてみても夕日の逆光になっており顔が見えない。怒っているのだろうか。
「ふうん、そうか」
「ごめんなさい……」
「仕事が終わっても連絡が取れないし」
「人と会っている間だったので、通知を切っていました」
「そうかそうかそれでねえふうん」
なんか怒ってるっぽいな……とちゃんと謝ると、耳元で「心配するだろう?」と優しい声色で告げられて、もう一度謝った。
「お久しぶりです、ミクリさん」
「ああ、お久しぶりです。シンオウの四天王、ゴヨウさんでしたね」
「うちのシロナが迷惑をかけていませんでしたか?」
「とんでもない、よくしてもらいましたよ」
四天王とチャンピオン、顔見知りだったのだろう。形式的な挨拶をしていた。
「今はアザレアさんをお弟子さんとして面倒を見ていらっしゃると伺いました」
「ええ、そうなんです。……どこで私のアザレアと?」
「弟子が抜けていますよ師匠」
ちょいちょい、と突いたけれど、師匠は微動だにしない。それじゃ言い方が恋人みたいになるので、「弟子」の部分は省略しないで欲しいものである。
ゴヨウさんは以前、少しの間一緒に過ごしており、私がサンダースを助けてもらったお礼に選書を手伝ったこと、そこから交友が続いており今も話をしていたと……と涼やかな微笑みを浮かべながら簡単に説明した。
「なので折角ですしと、今ディナーにお誘いしようとしていたところだったのです」
「ああそうだったのですね。私のアザレアがお世話になりました」
「弟子」
「ですが申し訳ありません。実はもう二人で夕食をとろうとレストランで予約をしていたのです」
初耳だった。そうだったんだ。どちらにしろ、師匠に確認してからゴヨウさんに返事をしなくてはいけないと思っていたが……。私が聞き漏らしていたのかもしれない。また確認を怠らないようにしておこう、と心の中でメモをする。
「そうだったんですね、それは失礼を。アザレアさんを困らせてしまいましたね」
「いえ、こちらこそなんだかすみません。明日は」
明日も昼間は自由行動だったはずだ。代わりにランチを〜と誘おうとしたところ、師匠に先に口を挟まれる。
「明日も私と一緒にいる予定だろう。昼も夜も一緒に食事をしようって言ったじゃないか」
「そうでしたっけ? 確認不足でした、すみません」
謝って目先を落とした時に気が付いたのだが、師匠に髪の毛の先をくるくると弄ばれている。師匠が手遊びなんて珍しい、疲れているのだろうか。
その日はそこでゴヨウさんとお別れをし、師匠に「ほら帰るよ」と手をぐいと引かれて歩き始める。ライモンは人が多いのではぐれないようにするためだろうなあ……と思い、手は振り払わずにそのままにしてついていく。
ううん、師匠に食事に誘われていただろうか? ここ数日、朝以外は個別で食べていたし、誘われていないと思っていたが。
ホテルに帰って確認したところ、師匠に「これからは折角だし、昼も夜も時間を合わせて一緒に食べようね」と誘われたので「はーい」と返事をした。
0コメント