日々の訪れ


 今日もいつものように、寝る前に切国の部屋をおとずれる。
 風呂に入る前に普段着のまま、廊下を歩いて行くと、風呂上りで寝間着の刀剣たちにおやすみ、主もはやく寝てね、と声をかけられていく。
 大浴場を出てきたらしい刀剣たち2~3組とすれ違い、切国の部屋の前にたどり着く。
 彼の部屋は大きな部屋のさらに奥にある。他の刀剣たちには、世話役の国広兄弟以外立ち入らないように言っているため、この部屋の前はやけに静かだ。
 障子を軽く叩いて「切国、入るね」と一応声をかけてから入室する。
 どこにいるのだろうかと部屋を見回すと、部屋の隅に月光に照らされて青白く輝る白い塊を見つけた。
 傍まで歩いて行き、再度名前を呼んで横に座り、肩を叩くと白い塊はびくりと動いた。しまったと距離を取る間もなく、バサリと覆い被せられ畳の上に倒れてしまう。
「主、主」
「切国、重い」
「主……主! よかった、今日も来てくれて」
「"体重をかけるのをやめなさい"!」
 私が審神者の最大の武器、言霊――命令形にすることで発動する、絶対命令権。ただ命令形にするだけでなく「言霊を使用する」という意思も必要――を使って制止させると、もぞもぞと切国は私から距離を取った。それでも、私の顔の両側に手を突いているため、なんだか怪しく見える態勢に変わりは無かった。
 切国は私がブラック本丸から救い出した山姥切国広だ。
 本来、ブラック本丸から救い出した刀剣は政府の保護下におかれるか、ホワイト本丸の審神者に引き取られるのだが、切国はあまりにも私に懐いてしまったため、引き離す方がこの刀剣の心にとって良くないだろうという判断から(彼の熱烈な要望も加わり)うちの本丸で引き取ることになった。
 彼の意思を無視して追い出すつもりはないものの、「うちの」刀剣とはいえ、あくまでも切国は「経過観察」が必要な刀剣である。そのため、このように彼の心のケアもかねて毎日彼の元を訪れている。
「すまない、その、嬉しくて。……明日も来ると言ってはくれるが……えっと、アンタを信用していないわけではないのだが、その、来ないのではないかといつも不安で……怖くて」
 切国はそう言うと不器用に笑った。彼の真下にいるため、今日はいつも布で隠されている彼の顔がよく見える。
 ブラック本丸から抜けたとはいえ、心の傷はそう簡単には治らない。切国はいつか私に捨てられるのではないか、と頭でわかってはいても考えてしまうようだ。
 長い時間をかけるしか治療の方法はないのだ、と私はあらためて感じた。
「大丈夫、大丈夫! あなたは私の大切な刀剣なんだから」
 そう言うと、切国はすこし驚いたらしい。
「ああ、そう、そうだ。俺はもう、アンタの、アンタの刀(もの)なんだ」
 そう言ったかと思うと、切国は私の首のあたりに顔を埋めほおをすり寄せるようにした。かと思いきや、ちゅっ、とリップ音を立てて首筋に口づけし始めたため
「"離れろ"! "やーーめなさい"!!」
 と言霊を行使させていただいた。
 油断ならない、お前は飼い主にすり寄って舐めることを許される犬じゃなくて、刀剣でしょう!? と彼が言霊によってはがれたため急いで起き上がると、切国は青い顔をしているのか、なんだか悲しそうだった。切国の自業自得だが、彼は繊細すぎるため、私の方も青くなる。
「すまない…………」
「はあ、もういいよ。主と刀なのだから、距離やスキンシップを間違えちゃだめ」
「……分かった」
 怒りすぎただろうか、と彼に近づいて顔をのぞき込むと、そんな私に気がついて、ふわりと口角が上がったのだが反省の色を見せるためかうつむいた。どうやらそんなに傷ついてはいないらしい。とりあえず良かった。
「……主」
「なあに?」
「対面になって、座って欲しい」
 切国は私から一歩分離れてから、体育座りの曲げた脚を伸ばして、ここ、と彼のももを叩いた。
 ああ、足を開いて座れってことか、と私が静止していると、彼がまたうつむく。
「ああ、えと、その、アンタが嫌がるような――主従にあるまじき、性的な意味を含むような行為は、明日の朝、鶏が鳴くまで絶対にしないと誓う、から」
 それじゃあまるで私が襲われると震えている自意識過剰な馬鹿女みたいだ、とか、これからずっとじゃなくて鶏が鳴くまでなのか、とか色々と心の中で突っ込んだあと腹を決めた。
 きっとこれすら拒絶すると、切国は私に嫌われたとかなりふさぎ込むだろう。
 物である刀剣男士にとって主は唯一無二で、絶対の存在意義になりがちだ。だからこそ彼らの多くは主に嫌われることをおそれる。
 切国は自分を顕現した審神者に手酷い扱いを受けたが、審神者を傷つけることはしなかった。それは彼が優しいからでもあるし、そのような主にも従う運命である刀剣男士でもあるからだ。
「わかった、誓ってくれるね?」
「ああ、誓う」
 ピン、と一度その場を霊力が張り詰めて散った。神との簡易的な契約が成り立ったのだ。
 私はそれを確認してから、彼の対面になるように座ると、少し持ち上げられて、切国は下から私を見上げた。
「おでこをくっつけて欲しい」
 そんなことを言うので、なんだそれ、と少し笑いながらもそれくらいならと応じると、彼は嬉しそうに笑った。そんな笑顔を山姥くんも見せてくれたらなあ、なんて別人同士を重ねる酷いことをしてしまった。
「切国、今日はどうだった?」
「今日は……兄弟が、布団を干してくれたんだ。布団が暖かくて、良い匂いがした」
「うんうん」
「……それに、食事に、好物があって」
「おお?」
「……ハンバーグだったんだ、兄弟――堀川国広の方――が、俺のために厨で作ってくれたんだと、兄弟――山伏国広――が教えてくれて」

 ハンバーグが好物なのは初耳だった。もしかして、切国が好きなら山姥くんも? と考えたがどうだろうか。
 堀川くんが事前に切国の好きな物をリサーチしていたことが判明したので、あとでボーナスを出しておこうと心に書き留める。
「良かったね、切国」
「ああ」
 そう言っておでこをすりすり、と動かすと彼は嬉しそうに目を細めた。
「アンタは、どうだった?」
「私か~~……今日は書類のミスが少なくて一期に褒められて嬉しかったなあ」
 と言うと、切国が少し目を伏せた。刀剣たちにはそれぞれ大なり小なり『主は自分だけの主』という感覚があるようなので、少し複雑な気持ちになったのだろう。
「俺も、はやく、この部屋を出て、アンタの力になる」
 力強い宣言に、私は誇らしくなった。
「うん待ってる。切国は練度レベル高いものね」
「……それだけじゃない、最近は燭台切に稽古をつけてもらっている」
 いつの間に!?
 うちの燭台切光忠は一軍での長い隊長経験を生かして、本丸の道場を取り仕切っている、後進育成担当だ。
 本丸に引き取った頃の、堀川くんにすら心を開かず、部屋から一歩も出たがらず、私がいないと過呼吸になっていた頃からは想像もつかない成長だ。
「いいね、楽しみにしてる!」
「ああ、アンタが望むなら」
 珍しくすっと私を手放してくれた甘えたがりの切国をおいて、私は部屋をあとにする。彼が前線に戻れる日も、そう遠くないのかもしれない。
【fin.】

Atorium

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