今度こそ絶対に、殺人鬼になんて恋しません!


 目が覚めた時に、まず乱雑に物を置いてあるだけの棚が目に入った。ラックに入っている皿はどれも少しずつ欠けていて、おおよそ手入れされていないか、家主が適当な性格であることを垣間見せる。

「ああ、ああ!? えっここって?!!」

 明らかに自室ではない。見慣れた天井もカーテンもそこにはないし、起き上がったのもベッドではなくソファだ。お腹にブランケットがかけてあった。
 いつも寝起きしている部屋ではないのに、この部屋は見覚えがあった。


「この部屋……私……まさか、リリクルに戻ってる!!? ここ夢!?」
 なんて叫びながら、私は手を確認する。グーパーグーパー、よし、指は開くし、きちんと握れる。方陣も描ける。……ということは魔術も使えるはずだ。簡単な魔術を打てば、目の前で小さく火花が散った。うん、使えている。

「リリ? 何か幻術でもかけられている? さっきから変だよ。ここ、現実なんだけど」

 ちなみに、ボクは何もしてないからね。
 なんて話しかけてきた精霊は、私の昔馴染みでもある闇の妖精エクレール。
 エクレールは元来黒いモヤのように実体のない精霊だが、それでは不便だ、と私の影に入っていないときは、私の体に黒いトカゲの姿で張りついている。本人曰く、私に少しでも負担をかけないように軽くなろうという配慮らしい。

「エク、私リリクルだよね?」
「そうだよ? それがどうかしたの??」

 寝ぼけてる? なんて聞きながら、エクは私の肩に登ってきた。
 エクレール……私の影の存在として補助をしてくれるエクですら事態を把握できていないらしいし、おおよそ「またこの主人は頭がおかしくなったか、それとも敵襲か」と状況を見極めようとしているのだろう。

「ねぇ、クロは!?」
「今買い出しに行ってるけど」

 私はかつての恋人の名前を叫んだところ、どうやら彼が買い出しに行っている間に私ことリリクルはソファで眠りこけていたらしい。

 そうか、そうか……。

「私、過去に戻ってきたみたい」
「えっと、歴史干渉しにきたの?」
「違う」
「リリクルは私の過去世なんだよ、エク。この中身の私はリリーシュ、リリクルではないの」
「……どういうこと? リリなのは分かるけど、じゃあ君がリリーシュだっていうなら、さっきまで大いびきかいて寝てたリリクルはどこに行っちゃったの?」

 黒いトカゲは自分の周りに方陣を出して魔術であれこれ確認をしながら首をかしげた。
「陰陽のバランスは違うけど、間違いなく本人だし……でも魔力量は似てるけどリリクルより上だな……同一人物っていう結果が出はするけど、なんか話し方も様子も変だし……」と確認を始めた。


 そう、私はどうやら、過去世の自分である「リリクル」の人生に戻ってきたらしい。

 普通ならここで「どうして戻ってきたのか」「もといた未来はどうなっているのか」と気になるだろうし、不安にもなるだろうが、それよりも、私の心を占めたものは安堵だった。


 私は、まだクロは死んでいない。


 そう、私が殺した、私のせいで死んでしまった……最愛の恋人には“まだ”死んでいない。
 今ならきっと、彼を救える。
 いいや、救い出す。

 そして次こそ、彼とは恋人にならずに彼の未来を破滅から救ってみせる。破滅するのは私にひとりで十分だ。
 もう、あの時のように間違えたりはしない。嫉妬に駆られはしない。自分勝手に道を間違わない。ふたり一緒に幸せになれるだなんて勘違いはしない。
 誰よりも愛おしかった恋人を守るために。

 私は今度こそ、絶対に恋をしないと誓った。

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 流浪の魔術師、リリーシュは、長い黒髪に焦げ茶の目という、外見だけならどこにでもいそうな女だが、その実は、過去世の記憶を持ち続けて転生する稀な存在であった。
 リリーシュは幼少期の頃には当たり前のように自分の「過去の世界」が見えていたし、他人が自分の強大な魔力にしか興味も無く、両親からもその魔力と記憶をもった怪物として見捨てられたことを知っていた。
 彼女はやはり過去世でもとても魔力が強く、その魔力を使って人を助けることもあれば、はたまた快楽に溺れて殺しをすることもあった。現在の彼女はそうではないけれど、過去世で自分が行ったことは「別人だけれど、私の罪だ」と抱え込んで生きていた。
 産まれたときから、その特異さによって煙たがられる割に、知らない人が魔力の強い自分と番おうとする、利用しようと躍起になる、救いを求める……といった態度にウンザリしており、「そりゃ、過去の私も快楽殺人に溺れもするわな」と自嘲気味に笑うことも多かった。

 そんな過去世の中でも、直近の前世が「リリクル」だった。
 リリーシュは、リリクルの記憶をふと思い出したとき、そのまま最愛の人の顔を思い出して大泣きした。

 あんなに愛したのに。愛していたのに。愛していたのに。

 私がシェイド・クロードルという男を殺してしまった、守れなかった、私が彼に本気の恋なんてしなければ助けられた、彼の寿命を削ってしまった、不相応に「愛しい人と幸せになれる」なんて夢を見たせいで、彼を殺した。 


「ああ、あーあ……なんで私はシェイドを手放せなかったんだろう。愛しすぎてしまったんだろう。馬鹿だなあ、本当に馬鹿だったなあ。最初からリリクルは死ぬことが決まっていたんだから、ひとりで死ぬことを貫けば良かったのに。あんなサイコパスでおかしな女は、誰からも愛して貰えるはずなかったのに」

 それでも恋人にはなれたのだから、彼も一時的には自分を想ってくれていたのだろう……と都合よく締めくくった。


「もう一度、シェイドとクロたちに会いたい。ただそれだけでいい。でも、彼らは二度と転生はしない。私のせいだ……私が、あんなことをしたせいで」

 人の魂は死ねば輪廻の輪に入る。何度も何度も転生をして、学び育ち強くなる。
 リリーシュは記憶を持っており、そのことを精霊たちからも教えられていたため当たり前のこととして受け入れていた。

 死ぬときも「また生まれ変わったら出会おう」と希望を持てる。

 しかし、リリクルの時に、その希望すらも自分で打ち砕いてしまった。リリクルはシェイドに『殺す』以上のことをしてしまったのだ。
 なんて、なんて愚かだったのだろう。どれだけ嘆いても、自分勝手で傲慢で、沢山の人間を殺して、愛する人からも見捨てられた自分は最低なのだということしか分からない。
 彼が今、ここに居ないことが何よりもその罪が許されていないことを物語っていた。

 それでも、リリーシュは愚かな願いを握りつぶして、虫けらのように蠢いた。

「もう一度、彼に会いたい。彼に会わせて。次こそ恋なんてしないから。彼を助けたら、すぐに手放すから。誰よりも誰よりも大切にするから」

 泣き崩れながら、大嫌いな神に祈りを捧げた。


 そうしてこうして、どうやら私は「リリクル」の時に戻ってきたようだ。
 神のイタズラには感謝しながら、一刻も早く状況を確認して、速やかにシェイドを救出後、迷惑をかけないようにひとりで死ななくてはならない。



 考えなくてはいけないことは、山積みである。

Atorium

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