それは、ほのかな①


こちらは番外編的なゴヨウさんとアザレアのお話です。ミクリ夢要素以外が苦手な方は避けてください


 ゴヨウはその時、偶然エーフィを抱いていた。
「エーフィ、ご苦労様でした」
「フィ-」
 手強いチャレンジャーが、四人目のゴヨウのところまで勝ちあがってきたのだが、そのチャレンジャーを見事倒したのがエーフィだった。そんなわけで、珍しくエーフィを抱いたまま帰路につこうとしていた。

「おや、珍しい」
 ゴヨウたちはよく修行のためにチャンピオンロードを使うのだが、チャンピオンロードに入ったところで、エーフィが彼の腕の中から抜け出した。そのまま、ととと……と歩いていくエーフィは何かを見つけたのだろう。そうでないなら、ゴヨウの元から勝手に離れていくとは思えない。
「エーフィ、どうしたんですか」
「エーフィ」
 鳴きながらも、エーフィは歩みを止めない。そのまま歩いて行った先に、サンダースが倒れていた。エーフィはこのサンダースのことを感知して、ここまでゴヨウを連れてきたのだろう、合点がいった。エーフィが鼻を寄せて、ペロリと舐めるとサンダースが起きた。
「フーッ、フーッ!」
 荒い鼻息を立てて、「シャーーッ!」といいながらサンダースはゴヨウを威嚇してきた。
 よく見れば、サンダースはボロボロで泥だらけ、立っているのもやっとという状態だった。これはすぐにポケモンセンターに連れて行かなくてはいけない。
 しかし、サンダースはこちらを警戒しており、ゴヨウを近づけようとしない。
「エーフィ、フィー」
 エーフィがなだめると少し落ち着いたようだが、相変わらず警戒している。全身の毛を逆立てて、バチバチと電気を身にまとわせている。……と言っても、でんきタイプのポケモンは体内の電気量が体調に直結するため、あの様子を見ている限りは――電気を出すのは危険な状態ではないだろうかとゴヨウは冷や汗を浮かべた。
「大丈夫ですよ、サンダース。私は貴方をポケモンセンターに連れて行って治療してあげたいだけなんです。落ち着いてくさい」
 ゴヨウはそう話しかけてしゃがみ、下から手を伸ばすと、彼の手をエーフィがペロリと舐めた。この人は大丈夫、とサンダースに伝えるためだろう。
 サンダースは相変わらず毛を逆立てている。サンダースは電撃を放つ前に毛を逆立てるため、先ほどから電撃を打たれるのかと覚悟していたがその様子はない。あくまで、臨戦体勢を崩さないようにしているだけのようだ。
 ……いや、もしかするとわざを使えないほど弱っているのかもしれない。サンダースの体内に、ほとんど電気が残っていないのではないだろうか。
 そう考えて、ゴヨウは一度深呼吸をした。もしそうなら、サンダースはとても危険な状態だと言える。
 そもそも、サンダースがチャンピオンロードに生息しているという話は聞いたことがないし、周囲にも生息していると聞いたことがない――おそらくは、チャンピオンロードまで上り詰めたどこぞのトレーナーのポケモンなのだろう。だとすれば、サンダースがここまで警戒を解かない理由は……。
「貴方は自分のトレーナーを待っている? だから、ここから……チャンピオンロードから動きたくないのですか?」
「エーフィ」
 サンダースに問いかければ、代わりにエーフィが頷いた。“シンクロ”で読み取ったのだろう。そうらしい……ということは、少々アプローチを変えなくてはいけない。
「サンダース、必ず貴方のトレーナーのことは私が見つけます。ですから、私が貴方をポケモンセンターに連れて行かせてください」
「サーン……?」
 ようやく、サンダースが逆立てていた毛を落ち着かせ、身にまとっていた電気を仕舞い込んだ。……とそのまま、倒れてしまう。限界状態だったのだろうと、すぐにゴヨウはポケモンセンターに運んだ。



「サンダースはもう大丈夫ですよ。だいぶ電気量が減って弱っていたようですが、すっかり元気になりました!」
「ありがとうございます、ジョーイさん」
「トレーナーさん、こちらでも探してみますね」
「はい、その間は私に預からせてください」
 ゴヨウが必ずこのサンダースのトレーナーを見つけると約束したのだから、それが筋というものだろう。

 その日はサンダースを抱えたまま、ゴヨウは自宅に戻った。自宅といっても、通勤が短くなるようにとリーグの近くで借りている家だ。
「サンダース、ここで数日の間療養してくださいね」
「サー」
 賢いポケモンなのだろう。ゴヨウの言ったことに大人しく頷いた。エーフィや他の御用が持っているポケモンたちにも改めて紹介し、その日は眠りにつこうとしたのだが
「眠れないんですね、サンダース……」
「キュウン」
 甘えた声をさせて、ゴヨウの手に頭を擦り付けた。ゴヨウをだいぶ信頼してくれたようだ。
 ……眠れないのは仕方がないだろう、トレーナーの元から離れて不安なのだ。
 サンダースのことはボールに入れず、バスケットの中にふかふかのタオルケットを敷き、そこをベッドにしていた。窓辺に置いていたのだが、サンダースは目を潤ませたまま、月を見つめている。哀愁の漂う背中と、辛そうなサンダースを見てゴヨウは胸が痛んだ。とても大切に育てられたのだろう。
「サンダース、辛いのは分かりますが……貴方を一番心配しているのは貴方のトレーナーです。その方が、貴方が寝不足で苦しんでいるのを知ったら、どれだけ悲しむでしょうか」
「サーン……」
「エーフィ」
 エーフィがサンダースに顔を擦り寄せて、鳴いている。なにを話しているのかゴヨウには分からないが、二匹はそのまま寄り添って眠ってしまった。

 翌日、サンダースを外に連れ出すとぴょんぴょんと跳ねて喜んでくれた。すっかり元気になったとゴヨウは嬉しかった。昨日のしょんぼりとした様子とは違って、朝食も喉を通していたようだし、もう体調面は大丈夫だろう。
「サンダース、貴方はどんなわざを持っているんですか?」
 サンダースを迷子としてポケモンセンターで登録してはもらったが、それに頼るだけではトレーナーが見つからないかもしれない。ゴヨウ自身の手でトレーナーを探すためにも、まずはサンダースのことをよく知っておいた方がいいだろう。
「サーン!」
 笑顔で頷いてくれた、どうやら実際に見せてくれるらしい。
 まずはサンダースが全身の毛を逆立てて、キラキラと輝いた後に――前方に向かって、電気の塊を弾き出した。スピードから見て、“ボルトチェンジ”だろうか。そう尋ねると、ニッコリと笑った。
「他には?」
 そう内心わくわくとしながら問いかけた。やはりゴヨウも一人のトレーナー、ポケモンのわざを見るだけでも楽しくてたまらない。このサンダースはトレーナーにきちんと育てられているのだろう。そうでなければ“ボルトチェンジ”を覚えてはいないだろう。
 次に見せてくれたのは“かみなり”だろうか。凄まじい轟音と共に、前方へ大きな電撃が放たれた。
 すごいですね、とゴヨウが思わず口からこぼした言葉を聞いて、サンダースは嬉しそうに目を輝かせた。
「でんきわざ以外も持っていますか?」
 ゴヨウがそう尋ねると、サンダースは元気よく頷いてくれたが、きょろきょろと不安そうにあたりを見まわした。エーフィに近寄って話しかけてから連れてきたところを見ると、攻撃わざではないのだろう。
「エーフィ、手伝ってあげてくださいね」
「エフィ」
 うん、とひとつ頷いてから、エーフィはサンダースに向かい合った。
「サー……」
「……“あくび”ですね?」
 エーフィはあくびにかけられて眠ってしまったが、シンクロでサンダースも眠った。二匹がすやすやと眠ってしまったのをみて、ゴヨウは微笑ましい光景だと思わず笑みがこぼれた。
 “あくび”はどのサンダースも覚えているわけではない。教えわざでも、レベルアップで覚えると言われているわけではないし、わざマシンがあるわけでもない。
 ということは、このサンダースのトレーナーは“あくび”を覚えているイーブイをわざわざサンダースにした……と考えられる。とてもこのサンダースを大切に育てられたということで、間違いなさそうだ。
 ゴヨウは初め、サンダースがチャンピオンロードで捨てられたのかもしれない、ということを思慮に入れていた。悲しいことだが、チャンピオンロードに限らず、ポケモンに見切りをつけて捨てていくトレーナーは後を絶たない。チャンピオンロードは特に、そこにいるトレーナーたちの強さから自分の才能の限界を感じ、トレーナーをやめてしまうものも多く、十分に鍛えられたポケモンがやせいに帰されることもある。自分勝手な話だ。ポケモンたちの中には捨てられても、懸命にトレーナーを待つ者もいる。そのため、ゴヨウは慎重にこのサンダースのトレーナーがどういう人物だったのか探る必要があった。
 しかし、このサンダースは違うようだ。
 これは本格的にトレーナーを探さなくてはいけないな、とゴヨウはサンダースとエーフィを撫でながら考えていた。

 そこからゴヨウはサンダースに確認しながら、トレーナーを探し始めた。仕事終わりはチャンピオンロードに赴き、周囲にサンダースを連れていたトレーナーを見かけなかったか聞きながら、サンダースにどのあたりでトレーナーとはぐれてしまったのかを聞いて、進んでいく。
「ここで別れてしまったんですね」
「キュウン……」
 どうやら、洞窟内の落石に巻き込まれたらしい。バトルの際に壊れてしまったのだろう、これはリーグ運営側にも報告しておいた方がいいだろう。
 サンダースが倒れていた時に電力不足だったのは、一匹で落ちてくる石を壊していたからか。
 サンダースは自分の身はなんとか守れたが、気がついた時にはトレーナーがいなかった。
 そのため、とりあえず一匹で出口付近まで移動したのだろう。ここにいれば、必ず会えると思って。
「……事情はおおよそ分かりました。改めてまた明日この辺りを中心に探しましょう」

 ゴヨウの頭に一瞬最悪の可能性がよぎったが、彼は頭を振って忘れることにした。

 ゴヨウがサンダースを拾ってから一週間近く経った頃、ポケモンセンターから連絡があった。なんでも、サンダースのトレーナーを名乗る人物が見つかったらしい。
「サンダース!! 良かった、やっと見つけた!!」
「サーーン!!」
 このサンダース、嬉しいことがあるとぴょんぴょん跳びはねて表現するのだが、ゴヨウがこの一週間で見たことがないほど跳んでいた。疑うまでもなく、彼女がサンダースのトレーナーで間違いないようだ。
 黒い長髪を後ろで三つ編みにして編み込んでいる、蜂蜜色の目をした少女はゴヨウに深々と頭を下げながらずっと泣いているらしい。床にポタポタと少女の涙が落ちていた。見ていられなくなり、ゴヨウがハンカチを差し出すと、少女はお礼を言って名乗った。
「私、カナズミシティのアザレアと言います。この前は洞窟の中でバトルをしていた時に、急に石が落ちてきて道を塞がれて……それで、この子と別れてしまったんです。本当に心配で、ずっと洞窟の中を探していたんですけど……そのせいですれ違ってしまったみたいですね。保護してくださってありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。当然のことをしたまでですよ」
 そう断ったが、良かったら、と彼女をそのままお茶に誘った。


 アザレア、と言う名前をゴヨウが初めて聞いたのは四天王の会議だ。議題はおおよそ詰め終わり、残されたのは近況報告。そこで、四天王の一番手であるリョウが「そういえば」と話題に出したトレーナーだった。
「ナギサシティのジムリーダーと同じ、でんきタイプでの統一パーティのトレーナーなんですよ」
「デンジと同じ?」
 はじめに食いついたのは、ナギサシティのジムリーダーと腐れ縁であるというオーバ。でんきタイプ使い、というところに興味を持ったらしい。
「ほら、キクノさん。ずっと彼女を退けているんでしょ? おかげでボクも何回も会うんですよ」
 そう、リョウが言うとキクノが笑った。
 でんきタイプの使い手ということで、キクノとは相性が悪い。そのため、何度もキクノのところで敗北しているらしい。
「それでもあの子はまた来ると思うわよ」
 正直なところ、ポケモンリーグはトレーナーの可能性をみて高め、挑戦する場所であると同時に、振り落としトレーナーから夢を奪うこともある。何度も何度も挑むトレーナーは稀で、大抵の場合は数回挑戦して失敗すればそのまま諦めてしまう。
 だから、そのアザレアというトレーナーにゴヨウが会えるかどうかは分からない。なにせゴヨウはシンオウ地方最強の四天王だ。
「私も会ってみたいですね、そのトレーナーに」
「ほほほ、会えますよ」
 そのキクノの言葉に、ゴヨウだけでなくオーバとシロナも薄く笑みを浮かべた。


「アザレアさんは、もしかして、何度もリーグに挑戦していらっしゃいませんか?」
「えっあっそうです。私でんき使いなので、なかなかキクノさんに勝てなくて……。この前キクノさんにやっと勝てたんですけど、次はオーバさんという強敵が……というわけで、チャンピオンロードでまた鍛え直していたんです」
「サーン」
「ごめんねサンダース」
「サー、サーン」
 トレーナーを励まそうとしているのだろう。アザレアの膝の上にいたサンダースは彼女の頬をぺろぺろと舐めていた。ありがとう、と彼女がお礼を言えば、またにこにこと笑い始めた。
「一度ここでばっちり鍛えてから……なんて、意気込みすぎていたのかもしれません」
「サーン……」
「マチュ……」
 アザレアの相棒はトゲデマル、というアローラ地方やガラル地方などでみられるポケモンで、とても珍しいらしく、ゴヨウも初めて見るポケモンだった。トゲデマルのニックネームはしらたまというらしい。しらたまも一緒に悲しそうな顔をしていた。
「……そういうことでしたら、視点を変えてみる必要はあるかもしれませんね」
「……と、仰いますと?」
 アザレアに聞き返されて、ゴヨウはにっこりと微笑んだ。
「少しの間、私の助手になりませんか?」


【To be continued...】

Atorium

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