【ミクリ視点】ひとまず今はこれでいいSS
「何でもひとつ、お願いを聞くよと言ったら、君は私に何を願う?」
「……どうか、見捨てないで下さい、と」
悲しそうに笑う彼女に、ミクリは息をのんだけれど、一度苦しそうに下を向いてから
「……私が君を、手放すわけないだろう」
と言って笑った。
「あはは、すみません。見捨てられ不安が大きくて。どうしても、明日には捨てられるんだろうなって思ってしまうくせが……ありまして。だから私は、誰かと一緒にいることに向いていないんですよね。すみません、私、こういう人間で。いつも不信ばかりを抱いている、人間で……」
彼女はいつもそうだ。ミクリと一緒にいても、同じものをみても、同じことを考えているわけではない。
ミクリも頭では分かっている。「それ」が根底に植えつけられた人間の呪縛を解放することが簡単ではないことも、そして、ミクリと過ごした数年間よりも、もっともっと長い時間を彼女はひとりで耐え忍んできたことも。
少し進んだと、彼女の呪いが解けたと思う度に、彼女の受けた呪いの深さを思い知らされるだけであることも多い。
「いや、違う。私はむしろこう思ったよ」
「なんですか?」
「もっと君に愛情を示して良いんだ、とね」
ミクリはそう言って、アザレアを抱きしめた。彼女も大人しく抱きしめられたまま、首をかしげている。
「もっともっと、君に触れないといけないようだ。ふたりでいる時間をもう少し増やそうか」
「えっ」
「えってなに」
「あーえーっと、そのー」
「アザレア」
「はい」
一度強く呼びかけてから口づければ、彼女も気がついていたのだろう。彼女からも返される。
「私は君を手放さない」
「……よかった、私も貴方を手放したくはないんです」
そういって抱きしめ合っても、彼女にミクリの気持ちが全て伝わることは難しいのだろうけれど、ひとまず今は、これでいい。
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