初期刀との出会い


※以下、山姥切国広の修行セリフネタバレ含みます要注意
※失恋ともとれる描写があります
※とにかく何でも許せる方向け
※出演は山姥切国広、堀川国広、包丁藤四郎(描写のみ)、へし切長谷部(別本丸)

「兄弟ってさ、どうして主さんに気持ちを伝えないの?」
 兄弟――堀川国広が何のことを指して言っているのかとぼけることも出来たのだがさすがにそれはと考え、口を閉じていると兄弟は続けた。
「兄弟の主さんへの気持ちなんて本丸じゅうにバレバレなのに、なんで言わないんだろうって新人さんたちに世話係は皆聞かれたんだって」
 突然兄弟がそんな話題を振ってくるのかと思えばなるほど、最近一気に増えた新人が原因らしい。
 大規模な戦力拡充、乱舞の実装に際し、より戦力の増強をと政府は新たに常時鍛刀にて呼べる刀剣を追加した。そのため、今まではなかなか出会えなかった刀が我が本丸にも迎えられた。
 その新人たちには審神者の指示で世話係がつけられたが、いかんせん一気に5振り以上も増えたため本丸は大慌てである。
 そんな忙しさの中で、主が忙しさへの労いと親睦会にと「いっそ宴会しよう!」などと言い出し、それに宴会好きの刀たちも便乗して小規模ながら酒の席が設けられた。
 そんな酒の席もお開きになり、酔って寝こけた主の介抱を終えた俺は兄弟に誘われて呑みなおしていた。
「元より……主にそれを伝えるつもりは毛頭ないんだ」
「聞かない方が良いこと……なんだよね、だからずっと聞かなかったけど」
 そう言って兄弟は困ったように、でも仕方が無いというようにふっと笑う。
 確かに、俺が自分の主を好いていることは周知だろう。
 隠すつもりも無ければ、隠したことも無かった。
 問われれば肯定し、それでも想いを告げるつもりはないと答えてきた。
 皆に言わせればじれったく、もういいからどうとでもなれといった具合なのだろうが、お生憎、進展もなく特に変わりもしない……そんな日々を主が望んでいることを俺は知っている。
「主はきっと俺の気持ちに心のどこかでは気がついている」
 そう言って、大きくため息をついてちらとぼろ布の穴越しに兄弟をみとめる。
「主はまだ、自分を振った男が好いているのだから……それを知っている俺は何も言えない」
 俺がそう言うと、次に兄弟が大きく息を吐いてはあと机にかぶさる。
「やっぱり主さん、失恋引きずってたんだーー……そんな感じだもんね。なんとなく分かってはいたけど、そうだったんだ。そして、兄弟だけは主さんの失恋を知ってるから見守ってる、と」
 さすが兄弟は察しが良い、と感心しながら俺はこの本丸に移る前のことを思い出していた。

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「うーんうーん、悩むなあどうしようかなあ」
「そうだろうそうだろう、まあ悩めばその価値もより分かるというもの」
「焦る必要はないのだから、ゆっくり決めれば良いさ」
 新米の審神者に訪れる一大イベント、初期刀選び。
 目の前の審神者はうんうんと唸り、他の初期刀たちから声をかけられていた。
 ……と悩んでいた審神者を俺は穴越しにみて、また目を伏せる。
 あまり期待してにも関わらず初期刀に選ばれなかったら惨めだ。加えて、このような名刀の中から写しである自分が選ばれるかもしれないとちらと考えていたことも含め惨めだ。名刀と比べられ選ばれない方がむしろ自然なのだ、と自分に言い聞かせた。
「本当は最初から決めていたから、やっぱり君にするよ」
 そんな折にすぐ目の前で声がした俺はふと顔を上げた。
「君にするよ。山姥切国広くん!」
「……俺で、良いのか?」
「君が良いんだよ!」
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 2205年、歴史修正主義者は時間遡行軍を編成し、歴史を修正しようと攻撃を開始した。対して時の政府は時間遡行軍を討伐するために、審神者とよばれる特別な力のある者たちを集め戦いを始めた。
 審神者の適性を持つ者は少ない。新しい主は、自分は約二百年前からよばれたのだと説明した。
 審神者になる者たちは本部での座学の研修を終えると、各先輩の本丸に研修という形であてがわれ、鍛刀手入れ本丸の運用といったことを学んでいくことになっている。
 手続きが終わり、研修先の本丸への帰路で俺は新たな主に尋ねた。
「……どうして俺にしたんだ? いや、なんというか、その、不思議で……」
 彼女は決してうっかり適当に選んだ訳ではなかった。
 それならまだ「なるほど、俺はそのように選ばれたのだ。写しだからな」と納得もいくが、なぜ熟考した上で写しである俺を選んだのかよく分からなかった。
 もしかしたら彼女は写しを知らなかったのでは――とも思ったが、よくよく思い出せば自己紹介の折に彼女から「写しってなに? ごめんね、無知で」と問われ答えたのだ。彼女は写しというものを理解し、知った上で俺を選んだということになる。
 その時の俺にとって、それはとても信じ難いことだった。
 だから純粋に聞きたかったのだ、なぜ俺を選んだのかと。
「うーん、あの中では一番気が合うと思ったから」
「気が合う?」
「そう。君が私に一番近いと思ったんだ」
 そう言って彼女は笑った。
 ……写しということを差し引いても、自分がかなり後ろ向きな性格であることに自覚がある俺はどうにもこの時あいつの言ったことが分からなかった。
 写しと比較され続け、後ろ向きな性格の自分と彼女、彼女のどこが自分に似ていると思ったのだろうかと。



 ::

「お帰りなさい審神者様、そちらが貴方の山姥切国広ですか?」
「そうです長谷部様! ……あっ紹介するね。えっと、私のお世話をしてくれているへし切長谷部様だよ」
「出来れば長谷部と呼んでくれ」
 彼女に促され、俺は名乗り頭を下げる。すると彼も、こちらこそよろしく頼むと頭を下げた。
 ――出会って数刻もしないが、彼女にとってへし切長谷部という刀が世話係というだけでない、特別な存在であることに俺は気がついた。
 己の主の少し赤らむほおや、嬉しそうに細められた瞳、彼にだけ向ける熱い視線に気がつくなという方が無理な話だ。拾ってくれた主人の家には別の猫がいたというような、拾われ猫のような気分になったことを覚えている。

 初期刀を貰う段階は研修過程の後半に位置するため、俺が彼女に出会ってからの行程はかなり少なかった。
 初出陣からの中傷手入れはお決まりの内容なのだが、事前に通告されていたはずなのに忘れていたらしく彼女は俺の中傷を自分の失態と考え大泣きされた。申し訳ない気持ちに染まるこちらの身にもなって欲しいものである。
 泣きながら手入れを行う彼女のそばで世話役の長谷部が「貴方が泣くと刀はより惨めな気持ちになりますから、泣かないでください」等助言をしていた。
 長谷部は遠征の組み立て方や出陣の陣形といったことにも親身に相談に乗り、世話を焼いていた。
 なるほど仕事としてこなしているのもあるだろうが、彼の生来の気質として世話焼きなのだろう。そういったところを見抜いた研修先の審神者が俺の主の世話役にあてがったのかと手腕の良さに感心していた。
「長谷部様ってテキパキ仕事できてすごいよね~~本当に見習いたいなあ」
「そうだな、さすがの手腕の良さだ」
 ……俺はテキパキ出来ないが、という言葉はため息とともに飲み込んだ。
 主は別に文句を言いたいわけでは無かったのだろう。ただの惚気のような、純粋な好意と尊敬からくるものだと感じた。
 しかし、後ろ向きな俺はいらぬ裏の意味を剥ぎ取り、勝手に落ち込んだ。
 そしてまた一つ、冷たいしずくが心の桶にポタンと落ちる。
 経験の差があるとはいえ、へし切長谷部という刀はとても優秀で、俺は初期刀として彼以上に主の役に立てるのだろうかと考えてしまう。
 主は指導役の長谷部をとても信頼しているし、
「テキパキ出来るの見習いたいけど、私には出来ない範囲だなあと思ったから見習う程度にして、他に得意なことを伸ばそうかな、うん」
 主のこういう変な前向きさは黄金の穂を揺らす風のように心をたおやかに凪いでいく。
 まるで手にとったかのように考えを言い当てられたようで、少し目を見開いてしまった。
 心の桶に落ちた溜まった冷たさは、少し底が抜けて暖められる。
 心が、足が、世界が、色を掴んでふわりと輝いて、溢れる。
「…………それがいいだろう」
「褒められてるのかけなされたのか」
「褒めたとも」
 俺が主に恋をしたのはいつだったのだろう。

 :::

「…………主は、見習いのときに面倒を見てくれた世話係に恋をしたんだ。見習い期間の終わりに悩んだ末その想いをを告げたが『貴方の気持ちは嬉しいですが、自分にはすべきことがあります』……だったかな。断られた」
「なるほど……というか兄弟、なんでそこまで知ってるの」
「告白の場に偶然通りがかって……たち聞くつもりは無かったのだが」
 その場を足早に去ることも出来たはずだが、俺の足は氷で縛り付けられたようにその場から動かなかった。
 主が気丈に笑って「ありがとうございます」と言って走り去っても、俺はその場から離れられなかった。
 手元の杯をぐいと呑んで、兄弟は大きくため息をついた。
「あんまり言いたくないから流して欲しいんだけど」
「……酒の席だ、分かっているさ」
 空になった杯に酒を注ぎながら、兄弟は口を開く。
「拗らせているね」
「…………」
 杯を勢いよくぐいと呑み干すのは俺の番だった。
「折角の酒の席だ、まだまだ呑もう」
「……そうだね!」

 :::

「……聞いてくれ」
 力を求めて修行に行きたいというと、大泣きされるかもしれないし無言かもしれないなど主の反応はいろいろ想像していたのだが、実のところの主はとても落ち着いて、いってらっしゃいと送り出してくれた。
 部屋を出たあとに、包丁藤四郎がなにか主に声をかけていた。

 強くなりたいと思った。
 今思い返しても、きっと俺はあのへし切長谷部には届いていないし、戦力で言えば修業を終えて一皮むけた短刀たちや脇差たち、太刀や大太刀に俺は敵わないと思ったから。
 これからも……いやこれまで以上に主を支えていくにはもっと強くなりたいと思った。
 巴形が戦況について言及していたように、今後もっと厳しくなっていくのなら主はもっと辛い立場に追い込まれるだろう。
 初期刀としても、そうでないにしても、俺は変わらず主を支えていきたいのだ。【fin.】

Atorium

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