【アイチュウ】とにかくよく、分からないこと
エヴァプロです
地雷は踏んでね
とにかくよく、分からない。
出会った頃からそうだったが、今もそれは大して変わらない気がする。
自分には「分からないこと」というのが、今まで特別に気にかけるほどはなかった、とエヴァ・アームストロングは振り返る。
ある程度のことは上手くやれたし、多少分からないことがあっても自分でなんとかしてきた。昔から要領はよく、周囲をみながら立ち回れたし、まあなんとも上手くやってこれたのだ。自分に「家族」はいても、血のつながりのある両親はいないから、甘えることは出来ないと自身を叱責し続けた結果かもしれない。しかし、そのことによってひとりであらかたのことは対処でき、解決することが出来るようになったのだ。
だからこそ、こんな風に、とにかく分からないということはなかった。さっぱり分からない、なんてあまりにも馬鹿げているような、そんなことはなかったのだ。
エヴァは机にほおづえをつく。
仕事がない今日は、同じRE:BERSERKのメンバーであら蛮も澪も近くにいない。蛮はどこか食べ歩きでもしているのだろうし、澪は大方部屋で黒魔術の研究に精を出しているのだろう。
そのおかげで彼は、ひとりを満喫できた。ひとりでいるときは、近くにサミーがいるのを確認しながら、本を読んでいることが多い。彼の自室には書物がたくさんあるので、読書に困ることはないし、読みたい本があれば買えば良い話なので、とにかくいつも、読書をして過ごしているのだ。
でも今日は違う。読みかけの本はしおりをして、近くのサイドテーブル――ベッドや主として使われるテーブルの横に置かれる、小さめのもの――に放り投げてしまった。
「はあ」
誰に聞かせるわけでもない、彼のため息は静かな部屋にこだまする。
ため息をつく主人を心配したのか、サミーが毛繕いしていたのを取りやめ、エヴァのもとへ寄ってきた。
「心配には及ばないよ、サミー。ちょっと考え事をしていただけだから」
そう言うと、サミーは「ホホウ」とフクロウ特有の鳴き声を発して、首をかしげてみせた。
その様子を見てエヴァは少しほほえんで、また物思いにふける。
「……分からないんだ。どうしてこんなに、メシアのことばかり、考えてしまうのか」
なぜ自分が、こんなにも何かひとつのことで惑わされているのか。
彼女がいればつい、目で追ってしまう。彼女が自分以外の誰かと話していれば、どうしても何を話していたのか気になってしまう。彼女が疲れた様子ならつい声をかけてしまうし、彼女が困っているなら力になりたい。
なぜ自分は、こんなにも女性ひとりのことばかり考えているのだろうか。それが、彼にはとにかくよく、分からなかった。
***
プロデューサーは最近、三期生のことで頭がいっぱいらしい。まだまだ未熟な三期生の世話は大変なのだろうか、そう思うので彼も特に彼女を責めるようなことはなく、ユニットの活動で自分で出来る範囲のことは自分で行った。もともと、プロデューサーに出会う前は、すべて彼が行っていたのだから、特に問題は無かった。
学院内をひとりで歩いていると、そんな、なかなか出会えないプロデューサーを見かけて、エヴァは声をかけようとした。
だが、どうにも彼女は物憂げな顔をしており、声をかけることを一瞬躊躇われる。しかし、ここで声をかけないのも後で後悔しそうだと腹をくくり、彼は彼女に声をかけた。
「どうしたのだ。何をそのように、思い悩んでおる」
そう声をかけると、頭上から――というほどでもないが――エヴァの声がしたからか、プロデューサーが一瞬驚いて身を強ばらせたが、すぐに笑って彼の顔を見上げた。
「エヴァくん。……ごめんなさい、私、そんな顔……していたのね」
「ああ」
申し訳なさそうに笑う彼女の顔を見て、彼はなんとも言えない感情に支配される。
彼女のそんな、困ったような笑顔が見たいわけではないのだ。言葉に出来ない、彼には理解できない彼自身の心がぐるぐると黒い渦を巻いていた。闇は落ち着くものであるはずなのに、今は闇に不安しか覚えない。
「……何があったのだ。我に話してみよ」
あくまでいつも通り、いつも通りを装い、自身の胸の苦しさを、自分に対して偽るように、彼は言った。
彼女はその言葉を聞いて、少し悩んだあと、話し始めた。
自分のミスで、三期生のユニットに迷惑をかけてしまい、果ては二期生にもその被害が及んだのだとか。彼の元にそのような情報は入ってきていないので、おそらくは別の二期生のユニットだろう。そのミスが、どうにも彼女を苦しめているようだった。
「……ふん、そうか」
責任感の強い、彼女らしい。
責任感が強く、仕事に誇りを感じていて、アイチュウを育てあげることを夢としている、真面目で有能な彼女らしい悩みだ。
自分のミスで、自分だけでなく、ドミノ倒しのように周囲に迷惑をかけたことが、彼女の中でよほど許せなかったのだろう。エヴァは詳しい状況を知らないのでなんとも言えないが、本当は彼女だけのミスではなく、現場全体のミスだったのかもしれない。
それでも彼女は、自分の責任だと強く責めていた。人のせいにすることも、仕事量のせいだと言うことも、逃げることもせず、彼女は向き合っていた。
こんなに強く凛々しく立とうとする女性が、とうていエヴァには、4つも歳が離れているとは思えなかった。
「そのように思い悩んでも、次が上手くいくわけではあるまい。むしろ、そのミスが貴様を支配している限りは、次のことに目が向かないのではないか? それでは、同じことの繰り返しだ」
言ってしまってから、彼は後悔した。
相手は蛮や澪ではないのだ。女性だ、しかも年下の。こんなにきつく、塩を塗るようなことを言ってしまって、彼女がへこたれるような人間ではないことは知っているが、もっと他に言いようがあったのではないか。
たとえばほら、抱きしめて案ずるな、と囁くとか。我がついていると、そっと手を握るとか……そこまで一瞬のうちに考えて、エヴァは、はっと我に返る。自分は何を考えているのだろうかと。
「……ありがとう! そうよね、ここでグズグズしていたって仕方ないわ! やることはたくさんあるんですもの、立ち止まってられないわよね。ありがとう、エヴァくん! エヴァくんに喝を入れてもらえて、助かったわ。やっぱり、人に背中を押してもらえれば勇気が出るわね!」
プロデューサーはそう言い、さっきとはうってかわった晴れやかな笑顔で立ち上がり、背伸びをした。
もう大丈夫、と呟いて、彼に振り返る。
「エヴァくん、本当にありがとう!」
そう言いながら、彼女は彼の手を取って、ぶんぶんと上下に振る。エヴァは驚いて固まっていたが、少しして、口を開く。
「なぜ我は、『くん』なのだ。我はメシアより、ずっと年上で」
しかも、こんなに腕をぶんぶん振られてしまうほど、年が近いわけではない。自分はもっと、年上だ。
「あっ、ごめんなさい。いやよね。でもなんていうのかしら、エヴァくんってあんまり、年上って感じがしなくて。ほらあの、ね」
そこまで言ってしまってから、プロデューサーは目を泳がせ、あっと、手を叩いた。
「でも、今みたいにエヴァくんに励まされると、やっぱり年上だなぁって感じるわ」
「そ、そうか」
煮え切らない返事をしてしまった。彼女は取り繕うように、しかし本心を言ったのだろうが、なぜかエヴァはあまり良い気がしなかった。
そのまま、プロデューサーは仕事に戻ると駆けだして、その場を離れた。
***
エヴァ・アームストロングにはどうにも分からない。なぜあの時、あんなにも彼女が苦しそうな顔をしているだけで、心臓を鷲掴みされるほど、自分まで苦しかったのか。なぜ、エヴァくんと呼ばれることが、最近になって「違和感」となってしまったのか。
わからないから、変わらず読書ははかどらない。読書をしていたところで、彼女のことで頭でいっぱいになりそれどころではなくなるのだ。
彼がその感情の正体に気がつくのは、まだずっと先の話である。 fine
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