でんきマスター目指してますが、ポメガだからとなでなでされます!
この世界には様々な場所に人やポケモンたちが生活している。ポケモンたちの生態が多岐に渡るように、人の生態の中に「ポメガ」と呼ばれるものがある。ポメガというのは、ストレスなどで心が不安定な状態になると、ふわふわの毛玉のような生きものに変身してしまう体質の総称である。その姿はワンパチのようにふわふわで、コリンクにもよく似ているが、ポケモンとはまた違う生物として「ポメラニアン」と呼ばれていた。
私はアザレア。カナズミシティのトレーナーズスクール出身のポケモントレーナーです。前世はその辺のでんきタイプ統一やってたポケモン廃人だったのですが、目を開けたらなんとびっくりポケモンの世界に転生していた! そこまでは良かったのだが、なんかこの世界「ポメガバース」が混じってた。なんでやねん。
ポメガバースというのは、バース系設定の一つで、生まれつき「ポメガ」と呼ばれる体質の人間が存在する世界の話である。ポメガはストレスやショックでポメラニアンに変身し、もう一度精神的に安定した状態にならないと戻れないというものだ。運が悪いとなかなかポメラニアンの姿から元に戻れない。
困ったのは、ポメラニアンになるのは、自分から望んで変身する場合とそうでない場合の二パターン存在する。自分で変身できるだけなら楽しいね〜で終わるのだが、意図せず何かの拍子に驚いたり、ストレスの限界を迎えてポメラニアンになってしまった場合、まず洋服が全部脱げる。つまり全裸になる。一応ポメだし毛皮はあるけど、洋服をどこかに運ばないといけないし、その場で戻ろうとした場合は全裸になってしまうのだ。やばい。
初めてポメラニアンになったのは何歳の頃だったか、確かテレビで感動系のポケモン番組を見ていたときに吹雪の中必死に身を寄せ合って耐え忍ぶコリンクを見て大泣きした時だと思う。コリンクたちがお互いを励まし合いながら吹雪を耐え忍んでいる、そんなシンオウのドキュメンタリーを見ながら気がついたらキューン、キューンと鳴いていた。
母もポメガだったらしく、ポメラニアンになった私のことをすぐに冷静な頭で受け止め、ポメガの体質のことについて説明してくれた。その時から人間の姿とポメラニアンの姿を行ったり来たりする不思議人間になってしまった。
ああ、私って何かあるとポメラニアンになってしまうのか〜と納得していたのもつかの間、母に
「でも大丈夫よアザレア。みんなポメラニアンが大好きだし、ポメラニアンを見かけたらなでなでしようっていう優しい人ばっかりなの。だから、寂しさからポメラニアンになっても、みんなが貴方をなでなでしてくれるわ」
と言われて優しい世界だな……いや、待って、知らない人になでなでされるの恥ずかしいな!? と思い直した。
この世界で大好きなでんきタイプを極めたいと私は各地を旅した。ジムバッチを集めて強くなったが、シンオウリーグではシロナさんに、カロスリーグではカルネさんに、アローラリーグではヨウくんに一歩及ばず、四天王以上チャンピオン未満という壁にぶち当たった私は、ホウエンで新たにチャンピオンになったミクリさんに師事を仰ぐことにした。
「ミクリさん、私、ポメガなのでもしかしたらそれで迷惑をおかけするかもしれません……」
ミクリさんは私が十歳の頃からの知り合いだ。私の相棒のトゲデマル(名前はしらたま)……というホウエンでは珍しいはがねタイプの噂を聞きつけたダイゴさんが「是非会ってみたくて!!」としらたまに会いに来てくれていたのだが、そのダイゴさん経由である。ここで、ダイゴファンのために言及しておくと、ダイゴさんが好きなのは私じゃなくて、しらたまです。
ダイゴさんがしらたまと遊んでいる横で、ダイゴさんに会いに来たはずのミクリさんは「ダイゴがすまないね、あいつは自分の好きなものしか目に入らないタイプなんだよ……」と私の話し相手を務めてくれていたのだ。
……初めてミクリさんと会った時に、びっくりしすぎてポメになったので、その時からミクリさんにポメガなのはバレている。
「気にしないで、生まれつきの体質なんて、何ひとつ関係ないのだから。困っていることがあればなんでも相談してくれたまえ。私でよければ力になろう」
ミクリさんはそう言って私を快く受け入れてくれた。
「それで〜この資料なのですが」
私はミクリさんに修行をつけてもらう傍ら、少しでも師匠であるミクリさんのお手伝いをしたいと仕事を手伝わせてもらっていた。師匠の仕事はコンテストの開催、コンテストの普及活動、テレビコマーシャル、スポンサーとの会議、ホウエンリーグでの事務、そしてリーグチャレンジャーの相手と内容がとにかく多い。
今回師匠に見せたのは、シンオウ地方で開催を予定しているミクリカップの資料だ。ミクリカップというのは、コンテストの普及のために師匠が旗印となって開催しているもので、優勝者に進呈されるアクアリボンはどの地方のコンテストでも価値を持つというものだ。そのため、多くのチャレンジャーが地方を超えて訪れる。
「どれどれ」
「ここの右側のステージなんですけど」
私の隣にいた師匠が、私の後ろ側に移動していた。後ろからぎゅうっと抱きしめられるような形になる。そうしなければ細かい字が角度的に見えなかったのだろう。
……この師匠のパーソナルスペースの近さも、数年一緒にいれば慣れるものである。流石に美人を見るたびに心臓をドキドキさせていては、すぐポメラニアンになってしまい修行どころではないのだ。
「ああ、ここか。確かに観客席からの位置が近いね」
「そうなんです。だからもし端の方までめいっぱい使って演技をされる方がいたら、危ないんじゃないかなあと思いまして」
「現地に行った時に確認した方がよさそうだ。よしよし、ありがとうアザレア」
ふう、とため息を吐いた。よし、現地での確認することリストに書き加えて……。と書類をまとめている間も、ミクリさんは私の頭をなで続けていた。
「あの、師匠」
「何かな」
「そんなになでて頂かなくて結構です」
首を後ろにそらしてそういうと、師匠の瞳とかち合った。今日もルネシティの海のように深いエメラルドグリーンはとても美しい。瞳は少し揺れた後、ふわりと細められた。思わず、その長いまつ毛に見惚れる。
「……なでられるの、嫌だったかな? 気がつかなくてごめんね」
悲しそうにそう言われると、罪悪感がすごかった。美人が悲しそうにすると世界が悲しむ。私が悪かったですごめんなさい、笑ってくださいと言いたくなる気持ちをグッと抑えた。理性だ、理性を保て私。
「あの、えっと、嫌とかじゃなくて」
「ああ良かった、嫌じゃないのか。……じゃあこのままなでても良いよね?」
「悪くはないですけど!!」
ミクリさんの手は大きくて、少しゴツゴツしているので男性の手だなと思わされる。けれど、爪は綺麗に手入れされていて陶器の作り物のように美しい。そして彼は一流のポケモントレーナーでありコーディネーター。そんな彼のなで方は天上の音楽に等しい。程よい力加減と優しい体温に簡単に溶かされそうになるのだ。
それは、こたつの魔力に近い。一度なでられ始めると、その場から簡単には抜け出せなくなるのだ。
「……君はポメガだろう?」
「はい」
「君のストレスが少しでも減るように……と思って」
「はあ」
師匠なりの優しさだろうな、とは思っていたがそうきたか。確かに、私はポメガなので、ストレスが限界値を迎えて変身をした場合は、自力で戻れなくなってしまい師匠の手を借りる必要がある。
「君がポメラニアンの姿になるたびに複雑な思いでね。君のポメラニアンとしての姿は実にキュート、本当に可愛らしくて堪らないけれど、君がポメラニアンになっているということは君の負担の大きさに私が気が付けなかったということでもある。君をご両親から預かっている身としては、とても申し訳がなくてね……少しでも、アザレアが『構ってもらえなかったので寂しい』ということがないように努めたいのさ」
師匠は優しい。彼の優しさはどこまでも私を気遣い、私を大切にしてくれているからだと知ってはいるけれど、ちょっとニヤニヤされながら言われたので「またからかわれたんだな〜」とぶすくれてしまった。
すっかり師匠から抱きしめられることにも、なでられることにも慣れてしまったが、もしかしなくても、ポメガじゃなかったらこんなに構い倒されなかったのでは!? 悔しい〜〜!!
人間、気をつけていても風邪を引くときはある。
「クチュン」
「マチュマチュ?」
しらたまが心配して私の顔を覗き込んだ。そう、ポメガは風邪を引くとポメになってしまうのだ。全員が全員そうというわけではないのだが、私の場合は疲れが溜まると季節の変わり目に風邪をひいて寝込み、ポメラニアンになってしまうのだ。風邪をひいてしまうと、自力でおかゆを作ることすらままならないため、とても悔しい。どうしようかと布団の中で震えていると家のチャイムが鳴った。
『アザレア、アザレア! 大丈夫? 何かあったんじゃ……』
師匠の声だ。師匠が心配して見に来てくれたらしい。
私はいつも朝八時には行くように言われているのだが、現在は八時半。なんの連絡もなかったので、私が倒れているのではないか急いで来てくれたのだろう。遅刻にしては遅すぎるからね。
ルカリオにきゃん、と吠えて師匠を通してほしいと伝えた。しばらくしてルカリオが師匠を連れてきた。師匠は私のポメラニアン姿を見るなり状況を察したのだろう。すぐに、膝をついて私を抱き上げた。
「アザレア、風邪をひいたの?」
「きゃん……」
きゃん、としか説明できない自分がもどかしい。それだけでも優れたトレーナーである師匠は十分に汲み取って「私が気がついてあげられなくてごめんね……」と謝ってくれた。違います。私の自己管理能力が甘かっただけです……。
「おかゆのようなものなら食べられたよね。確かポメガ用のおかゆが……」
「がう」
「ありがとうルカリオ」
私のルカリオはとても器用で、いつも料理やその後片付けを手伝ってくれるため、食器棚や冷蔵庫の中のものを把握している。……そう大変頼りになるのだ、ありがたい。そして申し訳ない。
その後、師匠がおかゆを作って食べさせてくれ、ポケモンたちの世話も代わりにしてくれた。申し訳なさそうに小さく丸くなっていると、ひょいと持ち上げて抱きしめられた。
「アザレア、体調管理は大切だけど、たまには相手を頼ることや甘えることも大切だよ。わかるね?」
「きゅうん……」
「うん、今は元気になるのが一番だ。だからゆっくり休んで。大丈夫、君が努力していることは、私が一番そばでちゃんと見ているから……ね?」
そう言われてそのままブラッシングをされた。え、どうしてポメラニアン用のブラシをみずタイプ使いの師匠が持っているんだろう? と思ったが、私のためなのかなあと思うと申し訳なさでもっと小さくなった。
師匠の手は魔法の手だ。なでられていると、自然と瞳がとろんと落ちて、まどろんでしまう。春の心地よい陽気の日に、日向ぼっこをしているような眠気とここから動けないのだという暖かさに支配される。そして、これがトップコーディネーターの力量なのだと改めて尊敬するのだ。
「アザレア、もう大丈夫だからね」
師匠は名前で呼びながら、何度も繰り返しこの言葉をかけてくれた。その言葉が、雨が土に染み入るように、私の心の中に落ちていく。もう大丈夫。
そうして私はいつの間にか眠りについていた。……そうだ、昔から師匠になでてもらうと一番早く人間に戻れるようになる。なんでだろう。
とはいうものの、ポメガじゃなかったら、ポメガじゃなかったらこんなに風邪をひいただけで、なでなでされずに済んだのに……!!!!
そう叫んで、私は今日も一日でんきマスターを目指して修行に励んでいます。【fin.】
後書き
「アザレアちゃんってポメラニアンみたいだよね」
そうTwitterの相互さんに言われたことをきっかけに「もしアザレアがポメラニアンだったら」と狂ったようにTwitterでポメラニアンパロを作り続けていた時期があったのですが、その後「ポメガバース」というものを知り「待ってたぜこの時をよ」と言わんばかりに流行のビックウェーブが来て、「オリジナル夢主のポメラニアンパロをずっと考え続けている狂った女」から「流行のポメガバースを楽しく考えている女」にジョブチェンジしました。
このお話は、そんな時にご縁をいただいたオンラインイベントにてネップリで配布していた小説です。ずっと表に出すのを忘れていたので、そろそろ出すか……と整理して出してみました。
いやあ……ポメガパロを一人で描いていた時は「こんな狂ったもん(ミクリが謎のポメラニアンを可愛がっている話)は流石に人を選ぶだろ」と表に出すことも億劫だったのに、ポメガバースの素敵な設定のおかげで表に出す勇気をもらえました。
アザレアちゃんってポメラニアンっぽいよね、という私のポメラニアンパロのイラストや妄想を後推ししてくれた友人各位にも改めて感謝を。そして、素敵なオンラインイベントを開催してくださった皆様、いつも作品を温かく待って応援してくださる皆様にも感謝を伝えさせてください。
いつも本当にありがとうございます。
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